【池上ワールド】1970年代に日本で起きたハイジャック事件一覧|6/24

2019年6月24日未分類

6/24に放送される

【池上ワールド】

で1970年代に起きた

「よど号事件」

についての放送がされます。

実は国内初のハイジャック事件が、

1970年3月に発生した「よど号事件」なんです。

1970年代はこの「よど号事件」を皮切りに

日本でハイジャック事件が頻発しました

「よど号事件」を含め何回のハイジャックが起きたのか

内容も含めて紹介したいと思います。


ハイジャックとは?

不法に飛行機や電車などの輸送機関を乗っ取ってしまう事を言う。

主に航空機に対する行為に用いられ、

日本の法律では「航空機強取」や「航空機不法奪取」と言っている。

ハイジャックの目的として

逃亡・亡命目的のハイジャック

・金目当てのハイジャック

・反政府ゲリラやテロ組織などの政治的ハイジャック

等があるらしいが、

目的がないことも多いらしく、

日本で起きたハイジャックは目的のないことが多いらしい。

衝撃的なハイジャックの例として

日本ではないが、

2001年の9.11にアメリカで起きた同時多発テロ

があげられる。

あれを見たときは現実味がなく

映画を見ているような気分になりました。

1970年代に日本で起きたハイジャック事件一覧の一覧

1970年代に日本で起きたハイジャック事件は

合計で7件も起きております。

それぞれ、紹介していきます。

「よど号ハイジャック事件」

1970年3月31日 ~ 4月5日

便は 日本航空 351便

日航機「よど号」が共産主義者同盟赤軍派9人によりハイジャック。

共産主義者同盟赤軍派9人らが北朝鮮に亡命するために起こした

ハイジャックと認識されている。

犠牲者はなし。

「全日空アカシア便ハイジャック事件」

1970年8月19日

便は 全日本空輸 175便

全日空機「アカシア便」が、モデルガンを持った男にハイジャックされた。

ハイジャック犯は航空自衛隊浜松基地に緊急着陸しその後逮捕された。

犠牲者なし。

「日本航空351便ハイジャック事件」

1972年11月6日

便は日本航空 351便

福岡行きの便がハイジャックされ、

犯人にキューバへ向かうよう要求されたがこれを機長が拒否。

羽田へ引き返し、着陸後逮捕。

犠牲者なし。

「ドバイ日航機ハイジャック事件」

1973年7月20日

便は日本航空 404便

「被占領地の息子たち」と自称するPFLPと日本赤軍が

アムステルダム発羽田行きの便をハイジャック。

リビアにあるベニナ空港に着陸後、

人質を解放しその飛行機を爆破。

犯人はリビア政府の黙認の下、逃亡した。

犠牲者はなし。

「全日空724便ハイジャック事件」

1977年3月17日

便は 全日本空輸 724便

千歳空港発仙台空港行きの便で、

犯人がコックピットのドアを開けるよう客室乗務員に要求したが、

乗客4人に取り押さえられ逮捕。

犠牲者なし。

「全日空817便ハイジャック事件」

1977年3月17日

便は 全日本空輸 817便

上記の事件と同日に起きたハイジャック。

羽田空港発仙台空港行きで、犯人が東京と仙台間を飛び続けるよう客室乗務員に要求し、

さらに犯人は拳銃を所持しており、

機内で暴発させた。

このため羽田空港に緊急着陸させ、

捜査員が機内に突入したが、

時すでに遅し。

犯人はトイレで命を落とした。

お客さんの犠牲者はなし。

「ダッカ日航機ハイジャック事件」

1977年9月28日 – 10月3日

便は日本航空 472便

パリ発羽田行きの便が、日本赤軍のメンバー5人にハイジャックされた。

バングラデシュのダッカ国際空港に強行着陸し、

犯人らは身代金と拘留・服役中の9人の釈放を求め、

日本政府は6人を釈放した。

最終的にアルジェリアのダル・エル・ペイダ空港で

人質は解放された。

犠牲者なし。



1970年代に日本で起きたハイジャック事件一覧のまとめ

1970年代に日本で起きたハイジャック事件一覧を

紹介しました。

10年で7件と多くのハイジャック事件が起きてしまいましたが、

幸いお客様の犠牲者はないのが唯一の救い。

とはいえ、遭遇された人は、ものすごい恐怖を感じたでしょうし

一生の傷として残るでしょう。

このような事件が起きないことを祈るしかない。